街場上映会の風景

街場上映会の風景と
改めまして、開催趣旨「土が世界を映す時」です。
映画祭はこれにておしまいです。有り難うございました。

 

開催趣旨「土が世界を映す時」

環境問題、有機農業に特化した映画祭が奈良ではじまります。

この映画祭は、地域の小さな有機農業を土台とした「地域循環」を
求める人たちが集い、草の根の市民活動として立ち上げました。
有機農業に関する作品や環境問題。社会問題。とりわけ、
どの生き物にとっても生きることの基本である「食べること」に
フォーカスした作品を主に上映させて頂きます。
映画という総合芸術を手段に、芸術の元、文化の元である農業、
さらには農業の元にある有機農業を視座にし、
ある意味では一番根底から、世界を見つめたり、視野を広げたり、
気持ちを共有することが目的です。
世界は今日、テロや難民、気候変動による災害、グローバル競争、
貿易摩擦、民族紛争など様々な問題で混沌としています。
日本も無関係でない中、人口減少、少子高齢化、SNSの普及など
直面したことのない複雑な社会様相になってまいりました。
生活の面でも人間の労働の位置付けが低くなり、
「ただ家族や友人、地域を大切にして、世界に善い働きかけをして暮らす」ことが
どんどん難しくなり、ただ生き残る。社会の変化に適応することで
精一杯という人々が増えているのではないでしょうか?」
「一体どうすればいいのか?」
「我々はどこに向かっていくのか?」という問いは、
東日本大震災をきっかけにどう時代を生きる人々の中で、
ある意味、命題として横たわっていると言えます。
表面的な改善でななく、根本から何が起きているのかを観察する時、
やはり社会、文化の根本、農業や自然環境に目を向けることが大切です。
「土と共に生きよう」とする有機農業。自然環境の変化。
食べること。私たちのライフスタイル。人と自然の関係性。
それらに関わる人の生き方や気持ちの持ち方に目を向ける。
そういうことを改めて感じ合い、話し合うことは、
大きな意義があるのではないかと思うのです。
そこから社会を改善する責任へと繋げないだろうかとも思うのです。
さて本題の有機農業について。
皆さんもよくよくご存知の通り、里山は限界から崩壊へと進んでいます。
農業、有機農業は衰退産業と言われ、多くの課題を抱えています。
休耕田、獣害、担い手不足大規模機械化、異常気象などなど。
特に異常気象は、影響を大きく受けるのが、まず自然を相手にするの農業などの一次産業です。
多くの研究者、専門家、著名人が解決にアプローチしてきましたが、
状況は深刻なままです。流通は画一化され、大企業の独占状態に。
有機野菜の消費もいつまでも続くわけがないと気づいてはいるものの、
ボタンを押したり、カタログから選び、化石燃料を使って、
扉の前まで運ぶ買い方に依存します。その状況の本質は例えば、
野菜の世界で起きていることに似ています。
伝統的な種や農法は失われ、管理しやすく、大きくなりやすく、
病気に強い品種が人為的に操作され生み出されます。
農薬や化学肥料、機械やテクノロジー、たくさんの土に還らない資材も使用され
育てられます。生産者は、自家採種したくても経済に追われ時間と自由がありません。
「仕方ない」で済まされる、そう言ったことは、社会のありようにも通じていきます。
抽象的ではありますが、私たちのできることは、失おうとしているいるものに気づき、
失わないようにすることかもしれません。
他者と助け合い調和し、次の世界を読み、悪や危険をカバーし合い、
大きな物語から自由と時間を取り戻し、
追いやられた小さな物語に寄り添いながら、
すぐに求めている社会づくりに転じることかもしれません。