【 マーケットの向こう側 】vol.2 ならまちパン工房okage  芝村勇哉 吉川もえ

NARAFOODSHEDと五ふしの草の共同制作で特別連載。

 

食べることを深く知り、考え、作り手や届け手、食べ手の思いを聞くことをテーマに、街のファーマーズマーケットやファームスタンドがガイド的に寄稿、連載するルポルタージュ「マーケットの向こう側」。マーケットや、地域の農家さん、関係する八百屋さん、繋がるいろんな作り手、食べ手の方々の裏側というか、奥行きに触れていただけたらと思います。今回はokageさん。ほとんどのパン屋さんが大手流通や直売所、スーパーで食材を仕入れる中で、足しげくファームスタンドに足を運ぶ稀有な職人さんだ。マーケットの設営や撤収にも非常に熱心な事務局オススメの真面目なパン屋さんです。

 

/ 聞き手: 三宅翔子 / 写真・編集: 榊原一憲

 


 

 

より自然に近いものを使うようにしています。

 

毎日食べるものだからこそ、体が喜ぶパンを届けたい。

JR奈良駅からほど近くにある、木のぬくもりが感じられる小さなパン屋さん。

小麦の美味しい香りが漂うなか、カンパーニュ、リュスティック、あんぱん、フォカッチャ…丁寧に作られたパンがきれいに並べられ、ついつい目移りしてしまう。

小さなカウンターからは、職人気質でどっしりとした安心感のある店主の芝村勇哉さん、可愛らしい笑顔が印象的なパートナーの吉川もえさんが出迎えてくれる。

 

 

ー なぜこちらのお店を始めようと思ったんですか?

芝村 色々理由はあるんですけど、単純に僕の体感的に奈良にこういうパン屋さんがなかったからです。

国産小麦を使ったお店はあるんですけど、未だにショートニングやマーガリンを使っているところも多いですし、有機酵母や有機小麦を使ったパン屋ってまだまだ奈良には少ないんですよね。

だから、原材料には特にこだわっていますね。

例えば、僕は子供はいないですけど、もし自分に子供がいたら、これを食べさせてあげられるか?とか。

あとは、自分のお店を始めたのは、僕自身が人と働くのが得意ではなくて、ひとりで黙々と働く方が合っているからというのもありますね。

 

ー 始まりから、芝村さんの内側から湧き出る原材料へのこだわりをひしひしと感じる。根っからの職人気質ぶりに消費者として安心感を覚えた。具体的にどのような原材料を使ってらっしゃいますか?

芝村 高いものというよりは、より自然に近いものを使うようにしています。

例えば、これは北海道産の有機小麦粉の臼夢です。臼で挽かれているので、臼夢って言います。

石臼で丁寧に引いているため、小麦自体の温度が低く保つことができ、酸化せず香りが高い全粒粉となっています。

あとは、ゆめちからだったり…。基本的に小麦粉は北海道産ですね。

同じく北海道産のライ麦粉も使います。ライ麦粉は、その土地の土壌を良くしてくれるそうです。それを使うことで、また良い形で畑に還元できたらなぁと。

北海道産以外にも、奈良県の天理の松本さんが作る特別栽培の全粒粉も使っています。松本さんは野菜はほぼ全部無農薬で育ててらっしゃる方で、小麦もあと2〜3年で有機小麦に変えたいとおっしゃっていて、応援する意味で使っています。やっぱり小麦を有機で作るのは、難しいみたいですしね。

小麦粉以外もこだわっています。例えば、洗双糖は種子島産のもの、小豆は北海道産の特別栽培のものです。

 

 

 

 

ー 先日北海道まで足を運び、畑を見て来られたという芝村さん。原材料一つ一つ、かなりこだわって選ばれている。若かりし頃から、パン職人として歩んでこられた芝村さんが、どのような経験を積んで、今のかたちに近付いていったのかが気になる。

芝村 店を持つまでは、いろいろな店で経験を積んでいました。大体5店舗ぐらいですかね。

桜井のパン屋、神戸のホテルのベーカリー、カフェの立ち上げを手伝ったり、声をかけてもらって、茨城県の道の駅のパン屋で1年ほど店長をしたこともあります。

途中からは、自分の店を持ちたいという目標もできていました。

 

ー 伺った経歴では、今こだわられている自然に近い原材料を使うこととの繋がりをそこまで感じないのですが、原材料へこだわるきっかけになったものは、何かあるのでしょうか?

芝村 ホテルでは、やはり原材料にすごいこだわっていたんですよね。その時には有機小麦でなく、国産小麦を幅広く使っていました。臼夢でお世話になっているアグリシステムさんもその中の1社です。

あとは、茨城県の道の駅で働いていた頃に、仕事の忙しさもあり、コンビニ食ばかりを食べていて、体調を崩してしまったんですよね。食事だけでなく、睡眠とかもあるんでしょうけど。そこで、食事を改善していったら、身体もましになってきたんですよね。その時に、やっぱり身体のためには、ナチュラルな自然に近い食べ物の方が良いと思ったのが大きなきっかけですね。茨城県の道の駅で働いたことは、大きかったですね。

 

ー その下積み時代に、今でも芝村さんが尊敬し、目標としている人物とも出会っている。

芝村 兵庫県のメゾンムラタの村田さんです。前に研修で行かせていただいたことがあって。パンへの熱が誰よりもすごい!いつもパンのことを考えてるんです。そして、パンの話をしている時は、ちょっと目がイッてる。笑

パン職人として、本当に尊敬します。そして、いつも誰のことでも、全部受け入れてから返してくれる、その器の大きさも尊敬しています。

 

ー 村田さんの器の大きさを象徴するようなエピソードがあったそうだ。

芝村 僕が店を出す前、ちょうどカフェの立ち上げの仕事をしていた頃、一度パンを焼いて村田さんに持って行ったことがあるんですよね。

めっちゃショートニングを使ったパンをね。笑

今考えたら有り得ない話ですけど。笑

ショートニングを入れると、歯切れの良いサクサクとしたパンになるので、その頃の僕はそれが良いなと思っていたんです。

その時は、村田さんはいいね〜と言って、食べてくれました。

それから数年後、店をオープンしてからお会いした時に、当時のショートニング入りのパンを覚えていてくださり、あれを食べた時は正直ぶっ飛ばそうかと思ったよ、と当時の気持ちを教えてくれました。笑

変わったね〜と言ってくれたんです。

 

 

 

美味しい、は後からついてくる

 

ー 原材料へのこだわりは、お客さんへの想いからくるものも大きい。

芝村 僕自身、美味しいパンを出してるという感覚は特にないんですよね。美味しい、は後からついてくると思っているので。

それよりも、原材料にこだわり、お客さんの身体にスッと入るものを。継続的に食べてもらえたら嬉しいなと。

その想いの方が、大きいです。

結果的に、お客さんに美味しい!と言ってもらえると、あぁそうなんや!となりますね。笑

 

ー さっきいただいたあんぱん、すごい美味しかったですよ!笑

芝村 ありがとうございます。笑

 

ー そんな芝村さん。お店をオープンした頃から、パートナーでもある吉川さんと二人三脚で歩みを進めている。

芝村 僕たち、14歳差で年が離れているんですよね。なので、仕事をして行く中で感覚が違う。

僕の年齢になると、諦めが出てくるんですよね。この程度で良いかな、みたいな。

でも彼女はまだ若いので、僕にはない発想があったり…単純に僕ができないことをできたりもするし、とにかく得れるものが多いんですよね。

そして、仕事に対する姿勢が似ている。初めて彼女に会った時は、仕事の話で意気投合し、気付いたら2時間ほど経っていました。笑

あとは、彼女の人懐っこさにも助けられています。時々、彼女がお店に立っていない時は、常連さんから今日は彼女はいないの?と、言われたりします。笑

僕じゃだめですか?と言ってみたり。笑

 

ー 吉川さんにも話を聞いてみた。吉川さんは、もともと食文化に興味があり、その後調理師を目指していたそうだ。原材料にこだわりを持ってらっしゃる芝村さんへ何か一言ありますか?

吉川 私は元々多方面のことに興味があるんですけど、彼は一つのことを深く追求していく人で、すごいなと思っています。

私は、広く浅くタイプ。彼は、狭く深くタイプ。

今も原材料へのこだわりはすごいですけど、もっともっと(さらに)食材とか追求していってくれたらいいなと思っています。笑

 

ー 笑顔でそう答えてくれた吉川さん。その力強い言葉に二人の強い信頼関係を感じた。二人の関係性は、普段どんな感じですか?

吉川 店を始める時、すごいわがままな話なんですけど、私自身、サポート役になるのは嫌だったんですよね。笑

年齢的にもまだまだ何をしようかという時に、すぐサポート役をするのに抵抗があって。笑

ただ、彼はそこもわかってくれていて、むしろそういう価値観で入っちゃだめだよ、と言ってくれたんです。

二人しかいないんだから、意見を言ってくれなきゃ困る、と。笑

だから、二人でしっかりと意見を出し合って進んでいます。

 

ー お互い一人のパン職人として、あくまでも同じ目線で対等に意見を交換し合う。時には、喧嘩もするそうだ。お二人が凸と凹で、補い合いながら高めていく。年齢を超えた強い絆を感じた。

日々歩みを進めるなかで、今何か感じていることはあるのでしょうか?

芝村 誰の為に、何の為にやっているのか?と、ふと立ち止まることがあります。

正直パン屋は沢山あるし、世の中にパンは捨てるほどある訳で。

そんな時は、今使っている原材料の生産者さんのこと、これを使うことで生産者へ還元できるなら良いかなと思ったりします。

もちろん来てくださったお客さんへの想いもありますし。

お客さんへも原材料について、話したりします。小麦粉だけじゃなく、例えば使ってる平飼い卵の話なんかもします。

常にフラットでいたいなと

 

ー パン職人は、普通作り手として、裏方のことが多い。しかし、芝村さんのお店はお客さんとの距離がとても近く感じる。芝村さん自身も、それは良いなと感じているそう。

芝村 全然知らない人に売っていたら、きっと何してんねやろ…となるなぁと。

それやったら、会社員で良いかなと思います。笑

 

ー そんなお客さんのお声も、積極的に取り入れてらっしゃるんですか?

芝村 僕はお客さんの声はあんまり聞かないんですよ。笑

よく、こんなパンがあったら嬉しい!というお声もいただくのですが、自分が作りたくないパンは作りません。笑

素材に意味があって作るパンだったら、新しいのを作るのは良いんですけど、意味のないパンは作っても仕方ないと思うので。

 

ー ここでも芝村さんの人間性が溢れ出る!では、お店をしていく中で、葛藤を感じることはありますか?

芝村 今は、やっぱり原材料の価格が高騰してきていて、正直金銭面で悩むことが多いです。

有機のものを使うと、どうしても利益が出ていくので…。

例えばこの有機小麦粉は、一般的な小麦粉の3〜4倍の価格なんですよね。

良い食材を、どうしたら量を減らさずに、そのままお客さんへ提供できるか、お客さんにはなるべく負担なく買いやすい価格で提供したい…その間で葛藤することが多いですね。

あとは、全て手作りで作っているので、自分の中で出来の悪い時のパンをお客さんに出す時はしんどいですね。

どうしても酵母が変な動きをすることがあったり、自分が疲れてる時はちょっとした作業の時間のズレが出てきて、発酵が遅れたり…。

自分の体調は整えておかないといけないなと思います。常にフラットでいたいなと。

 

ー お客さんへ良いものを届けたい。そのために、自分が出来ることを日々追求する。芝村さんのどっしりと安定した言葉からは、お客さんへの熱い想いを感じる。では、今後どのように進んでいきたい、など何かありますか?

芝村 少しずつランクアップしていけたらなと思っています。

まだまだ自分の中で、クオリティが低いと感じる部分もあるので。

あとは、年々サイクルが速くなっているのを実感していて。

どちらかというと、僕より手前の生産者さん。その方たちへ、何ができるのか?を考えつつ、動いていきたいなと思っています。

お客さんの声よりも、もっと生産者の声を拾っていって、生産者へちょっとずつでも還元していける流れを作っていけたらなと思っています。

さっきのライ麦粉の話じゃないですが、使うことで還元していけるならそれが1番良いかなと。

 

 

 

 

生産者があっての、自分たち作り手。その先にお客さんがいるからこそ、生産者の為に何ができるかを考える。その流れをより強く作っていきたい。そんな芝村さんの目標を聞き、マーケットの目指している流れ、生産者と消費者、作り手…その関係性をしっかりと繋ぎ、育てていく大切さを改めて実感させてもらえた。

 

 


 

編集後記)

学生時代に野球をされていたそうで、大柄な体格から、
おそらく頼りになるスラッガーだったんだろうなと会うとよく想像します。
野球でいうと、プロのレギュラーをはれるようになる選手は、
一軍に定着できずにいる選手をあっという間に凌駕しレギュラーを取ってしまう、
とよくいいますが、僕の場合もokageさんにはその例えがしっくりくる。

奈良は観光の街なのもあってか、地域の加工業者、料理人は
そこまでオーガニックに業務を寄せなくて良いというか、
少し取り入れればいいという暗黙の了解事項があるんだなぁとずっと感じてきたし。
そのことよりも、とにかくこの街、この地域では奈良産であるかが重視される。
もしくは自分で栽培したり収穫していることの方がステータス、宣伝効果につながりやすい。

街場で有機野菜を販売してる身としては、
これまでそんな風に感じることの方が率直に多かったです。

特定のお気に入りの農家さんだけを狙って仕事に取り入れるケースも多く、
全体の地域として有機的な文化水準が上がっていくイメージはあまり持てずにいました。

もちろん原価コストやニーズに沿わなければならない、ということが大きく横たわるので、
本音と建前の問題があり、本音で本質的な農業(有機農業や自然栽培)を
地域で高めようとすることは難しいし、そこにアプローチしないのは仕方ない、
というのはよくわかります。

ただレギュラーをはるような人はそんなケチくさいところにはいないみたいです。

まず本音、本気で生産者への責務として、地域や心のつながりのある本質的な農業と付き合うと
最初からすでに「決心している」。いきなりそもそもが違うといいますか。

そしてその(責務の)上、そのライン上に自分の仕事を乗せていき、
そこから(その後に)葛藤を始める。
そもそものボーダーラインといいますか、最低ラインを上げてくる。といいますか。
葛藤の場所が違う。従来と違う職業倫理といいますか(良し悪しではなく)(いろんな立場もあることですし)。

でもそうすると、これは本気の人が出てきたなと、地域の食の水準は上がりはじめるな。と僕の場合は思うんです。
自分の店がどうこうなるとは違うベクトルで、狭い自分の意識の中ではなく、
お互い同士の関係性の中で、スタンダードが動き出す。といいますか。
生産者も、僕のような流通もそういう人が出てきてくれると、とにかくスイッチが入る。
それは多分素晴らしいことなんだろうなと。(感覚的な話ですみません)
今回の話を聞いたり、頻繁に食材を仕入れるために「オーガニックの現場」に立つokageさんを見ていて、
でもやっぱりそう思うのです。

榊原